【実行委員の感想】山上さん

<良かった点>

  1. 使い心地の良いタオルをサンパークの全ての皆さんに届けることが出来た。
  2. 昨年は、住民の方にゆっくりと話を聞く時間がなかったが、今年は配布訪問の際にゆっくり話すことが出来て嬉しかった。
  3. 新聞社2社を訪問し告知記事掲載及び取材の要請をし、結果、どちらも実現することが出来た。

<来年度に向け工夫すべき点>

  1. タオルとともに告知チラシを配布したが、イベント開催日10日前での配布は、集客効果としてはどうだったのだろうか? 来年はイベント開始2~3日前に配布し住民の皆さんの気持ちを盛り上げるべきか?(但し、マスコミ訪問は10日前には行いたいが)
  2. 今年はタオルを贈ったが、同程度の予算でもっと喜んで頂けるものはないか、考える。
  3. イベント10日前の事前訪問とイベント当日のダブル訪問を予定し、結果、事務パンク等でイベント当日の訪問をドタキャンし皆さんに迷惑をおかけした。来年は最初から事前配布のみと割り切り、事務ペースの配分をすることとしたい。

<その他>

以上の調査結果は、昨年、石巻から戻りネットで発見し、昨年の振り返り結果として皆さんに情報提供させて頂いたものです。今年も調べてみましたが、新たな調査は行われていないようで、その点でも世間の意識が風化しつつあることが窺えます。被災者の方々の気持ちに寄り添う気持ちを持ち続けることが大切と考え、再度、提供させて頂きます。

☆NHK「東日本大震災3年後の被災者1200人調査結果(2014年1月実施)」のポイント☆

  • 現在の家計の財源について、50.5%の方が「年金」、22.8%の方が「預貯金の取り崩し」と回答されており、被災者の方々の生計は先細り状況にあり、将来に向け経済的不安を抱えている様子が窺える。
  • 震災による心身への影響について、34.9%の方が「よく眠れない」、38.6%の方が「気分が沈みがち」、24.3%の方が「薬が必要になった」と回答されており、体調不良の様子が窺える。
  • 「毎日のくらしに不満、やや不満」と回答された方が、51.9%、「今の家計状態に不満、やや不満」と回答された方が52.8%いることから、被災者の方々の生活救済がまだまだ、道半ばであることがわかる。

また、自由書き込み欄のコメントには、こんなものがあった。

最愛の息子を津波で失い、3年になろうとしています。狭い仮設の生活で精神的にも肉体的にも疲れが出てきています。私の気持ちは…時間と共に苦しい…その反面これではダメだと気持ちを奮い立たせたり…あの3年前の3月11日を思うとドキドキしてきて具合が悪くなってしまいます。まだまだ続いて行くのだと思います。 (岩手県山田町・50代・女性)

 

もう一度故郷に帰りたいと願っております。仮設にも十分世話になり有難く思っています、出来ることなら早めに住みよい所でもう一度暮らしたいと常に空を見て故郷の山や海の風景を偲んでいます。誰とも会えないことを知っていても自分の玄関の表札などを見て生きたいです。健康に注意をしながら迷惑のかからない生活を望んでいます。 (岩手県釜石市・80代・女性)

 

失ったものは余りにも大きかったし、それを穴埋めする為に働き続けなければならないのですが、丸裸になって初めて大切なものがくっきり見えた気がします。3年経てなお、思いやりの心で支え励まして下さる方々に心から感謝申し上げます。そのお心に応えられるよう、明るく元気に頑張りたいと存じます。(宮城県気仙沼市・50代・女性)

 

親・兄弟も亡くして今も風化する気持ちなどありません。津波が憎い気持ちは変わりません。両親、兄がいた頃に戻りたい。私は今でも仕事を始める時に話しかけています。今日も頑張るから見ていてねって。私の心の中にはいつまでも父・母・兄がいます。生きています。これからも私の家で、仲良く皆で暮らしていきます。(宮城県石巻市・50代・女性)

 

娘が亡くなったことは未だに信じられません。もう3年、まだ3年…あの子はどこにいるのでしょう。いまだに「ただいま」と帰ってくるようです。本当なら成人式も迎え、今年22歳です。まだ部屋もそのままです。私も正直早く娘の所に行きたいとも考えましたが、長男・次男を残して行けません。この苦しみは一生続きます。(宮城県亘理町・50代・女性)

 

震災後ずっと走り続けている感じだ。家の片付けから会社の復旧へと始まり、現在は会社の売り上げを震災前の状態にどうしたら戻るか試行錯誤しながらチャレンジしている。体力勝負が続いている。これからも続くと思う。あと3年後に現在の状態の真価が問われると思う。頂いた支援に報いるためにもがんばっていきたい。(宮城県石巻市・30代・男性)

 

もうすぐあの日から3年です。なぜ私は60歳を目前にして色々なものを失って、でも生かされていて、今後の家の事も決まらず…土地は宅地として使えるようになるまであと2~3年かかり、私達は年を重ねていく。自分達だけではない事は充分わかっています。以前の暮らしの自分に戻りたいです。家の事を考えるのも疲れました。(宮城県石巻市・50代・女性)

 

震災で息子を亡くして3年が経ちます。気持ちは未だについていけません。TV等でオリンピックを騒いでいた時も悲しくなりました。「震災は終わったな」と。福島県は無くなった被災者より原発ばかり。私達は「顔で笑って心で泣いて」毎日歩いて行くしかないのです。とりあえず、頑張って生きてきました。(福島県新地町・40代・女性)